2019年4月、働き方改革関連法の施行されたことにより、労働時間に対して厳密な管理が必要になりました。企業は、労働時間を制限しながら利益を維持しなければいけないという難題に直面しているのではないでしょうか。そのような背景もあり、利益を維持するための解決策として、業務のあり方を見直し「労働生産性を高める」ということに注目が集まっています。
ここでは労働生産性とは何か、計算方法や日本の現状、労働生産性が低い理由を解説し、ITソフトウェア開発を行う企業はどのようなアプローチで労働生産性を高められるか、改善策やアンチパターンを紹介していきます。
労働生産性とは?
労働生産性の定義
労働生産性とは、労働者一人あたりが(又は1時間あたりに)生産可能な成果を数値化したもので、計算式は以下のようになります。
- 生産性
生産性=産出(output)÷投入(input)
物的生産性と付加価値生産性
計算式だけでは理解しにくいため、詳しく解説していきます。
生産性には下記二種類があり、それぞれ前記計算式の「産出」の定義が異なります。
物的生産性
生産性を測る単位として、重さや個数、時間などの物的単位で測る場合の生産性を「物的生産性」といいます。
- 産出:生産したもの
- 投入:生産するために要したもの。人件費、材料費など
物的生産性を計算することにより、従業員がどの程度効率良く生産できているのかを知ることができます。
この場合、「労働者あたりの産出量を上げること」が「生産性の向上」に繋がります。
付加価値生産性
生産したものによって得られる金額的な価値を「付加価値生産性」といい、売上から原価を除いたものを付加価値と考えます。
- 産出:売上
- 投入:(原価) 生産するために要したもの。人件費、機材など
この場合、「産出量あたりの付加価値を増やす」つまり原価を抑えて利益を増やすことが「生産性の向上」に繋がります。
ソフトウェア開発では殆どが「付加価値生産性」にあたります。
日本の現状:労働生産性ランキング
日本の労働生産性は低いと言われています。では、どの程度低いのでしょうか。「労働生産性の国際比較 2021」(※)のデータをもとに日本の現状を確認していきます。
日本とアメリカの労働生産性の比較
まず、日本とアメリカの労働生産性の数値は下記のようになっています。
(順位は全て、OECD 加盟 38 カ国中の順位)
日本の労働生産性
- 時間当たり労働生産性:49.5 ドル/23位
- 1人当たり労働生産性:78.655 ドル/28位
アメリカの労働生産性
- 時間当たり労働生産性:80.5 ドル/7位
- 1人当たり労働生産性:141.375ドル/3位
このように、時間あたりでは、アメリカは日本の約1.6倍、1人当たりでは、約1.8倍の差があります。また、順位だけを見ても日本の労働生産性が低いことがわかります。
労働生産性が上昇している国の背景
日本の労働生産性が低いことは事実としてあり、1970年からのデータをみても、1人あたりの生産性が16位以上になることはなく、殆どの年で20位台です。
しかし、国によっては労働生産性を上げています。
例えば、1980年代には日本と変わらない水準だったアイルランドは、2020年に1位になっています。しかしこの上昇の背景として、1990年代後半から法人税率などを抑え、GoogleやAppleなどの外国企業誘致を積極的に行うことにより多国籍企業の租税負担の軽減に対応したことで経済規模が急拡大し、労働生産性が大幅に上昇したという分析があります。
このように、労働生産性ランキングは国の施策や経済の動向も含まれているため、一概に数値だけでは判断できない面もあります。
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労働生産性が上がらない原因
前項の「労働生産性の国際比較 2021」にあるように、日本は長年労働生産性を上げられずにいます。なぜ労働生産性が上がらないのでしょうか。
一般的には下記のような点が労働生産性の低い理由として考えられています。
残業文化
日本は「残業してでもやるべき仕事を終える」ことを美徳としている文化が残っている企業も多くあります。これは、100%のアウトプットを目指し、適切な優先度付けや、優先度の低い仕事を「やらない」という判断をできていないとも言えます。米国の仕事の進め方では、対価以上のものはやらないという割り切った仕事の仕方が多く見受けられます。
付加価値の安売り
仕事を受注するために単価を下げることや、本来得るべき対価をボリュームディスカウントすることで他の受注も約束してもらうなどで自ら価値を下げていることも労働生産性が低い理由のひとつです。
日本の文化には、価値を上げ、高価でも買って貰えるようにする努力より、ボリュームディスカウントを行い、受注数を増やすという努力をする傾向にあります。
多重下請け構造
建築業やIT業界に多い多重下請け構造ですが、これも労働生産性が低くなっている原因のひとつとして考えられます。二次請け三次請けの場合、下層になるほど単価が安くなる結果、企業努力で効率化を図ったとしても微々たるもので、労働生産性を大きく上げることができない構造だと言えます。
労働生産性を高めるには?改善方法8選
労働生産性を上げるにはどのような方法があるでしょうか。一般的に言われていることに加え、ITソフトウェア開発において考えられる施策も解説します。
改善策1.意識改革
前項に挙げた「残業文化」のような古い意識を変える必要があります。定時で帰れない理由のひとつとして未だによく聞かれる意見として「周りが帰っていないので退社しにくい」というものです。これは、従業員へ教育を行い浸透させていくことや、上司が自ら実践するなどで地道に意識改革しながら、強制的に退社させるなどの施策も必要です。
部署やプロジェクトごとに繁忙期が異なるため、定時帰宅の指示を受けても実際には無理な状況で、帰りたくても帰れないということもよくあります。その場合、全社統一にする必要はなく、チームごとに定時退社日を増やすなど柔軟に考えると良いでしょう。
改善策2.ツール、機器の導入
IT企業でも事務処理のペーパーレス化やITツールの導入が行えていない企業も多いのではないでしょうか。押印の電子化や、チャットツールの導入、クラウドログのような工数管理ツールなど、生産性の向上に寄与しそうなものから順に導入を進めると良いでしょう。
また、高スペックPCの導入のようにハードウェアにも目を向けます。日々の作業をスムーズに進め、ストレスも軽減させることができるため、労働生産性の向上に寄与します。
ツールや新しい機器の導入時には、ルールづくりや社内への教育、Q&A対応など一時的に工数がかかりますが、導入のメリットを長期的な視点で捉えます。
改善策3.人材育成
従業員一人ひとりのパフォーマンス(能力)を上げることで労働生産性を上げることができます。人材育成はそのためのものですが、日本企業において「人材育成」は「一人前に育てる」という側面も持っており労働生産性に直結していない場合もあります。
「日本とアメリカの労働生産性の比較」の通り日本の1.6〜1.8倍の労働生産性を持つアメリカは、人材教育の捉え方にも違いがあります。
アメリカでは、「成長すること=労働生産性を上げること」捉えられており、教育の目的がはっきりしています。「成長すること」は知識や技術を習得するということではなく、「それらを習得し活用することで労働生産性を上げること」と認識されています。
人材教育には時間がかかりますが、このように、目的を明確にした人材教育投資により、高い効果が期待できます。
改善策4.規模の縮小、撤退
人材育成の考え方と同様、経営判断も「いかに労働生産性を高めるか」として捉え、採算のとれない事業や部署、案件などは思い切って規模を縮小するか、撤退するなどの判断が必要になります。
日本では、企業の価値を判断する際に資本金や売上、従業員数などの「規模」が重視される傾向にありますが、アメリカを始め海外では「時価総額」が重視されます。この違いは経営判断の考え方の違いにあり、欧米では付加価値が高く収益が見込める分野に経営資源を集中させるという基本的な考え方です。
この「企業価値を高める」判断の結果、不採算事業など価値の低いものは早めに切り捨てられるため労働生産性が高くなります。このように、労働生産性を高めるには、不採算事業の縮小や撤退を早めに判断する姿勢も必要です。
改善策5.外注や業務委託の活用
定常業務などコアではない、社内の人間が実施しなくて良い業務はアウトソースすることで原価を下げることができ、労働生産性の向上を期待できます。各人の作業内容をリストアップし、その中で「誰でもできる」仕事がないかを確認します。
IT業界においては人材不足が問題となっていますが、一方、クラウドソーシングのようなサイトには多くの人が登録しており仕事を求めています。マニュアル化して作業できるような仕事は外注や業務委託し、従業員には価値の高い仕事に集中してもらうことで労働生産性を高め、うまくいけば残業の削減に繋がる可能性もあります。
改善策6.開発スタイルの変更
従来のウォーターフォールで開発を進めている場合、アジャイル開発に変えることが生産性の向上に寄与することがあります。事業の推進やプロジェクトに「正解」はなく、利益を生み出すにはトライ&エラーを繰り返しながら、いかに最短の距離でゴールに辿り着けるかが重要です。アジャイル開発は、このトライ&エラーしながら最短でゴールに辿り着くという探索的要素に強い開発手法です。
特に自社の新規事業や自社サービスの開発を行う時に有効な手段だと言えます。アジャイル開発が初めてで経験者もいない場合、失敗のリスクが高くなりますが、外部からアジャイルコーチを呼ぶなどで対策が行えます。
改善策7.社会的感受性保持者をプロジェクトリーダーに据える
社会的感受性とは、コミュニケーション能力のうち「他者の感情を察知する能力」を言います。社会的感受性が仕事をスムーズに進め、労働生産性高める可能性があると捉えられる研究として、
『視覚パズルや希少な資源を巡る交渉など頭を使う作業をグループで行う場合、個人の頭の良さは作業の成否にほとんど影響がなく、むしろ“社会的感受性”の高い人がいるグループの方が成功率が高いことが、最近行われた一連の実験でわかった。』(※) というものがあります。
しかし、誰が「社会的感受性」を持った人なのか、わからない場合もあります。社会的感受性はEQ(心の知能指数)のひとつとも言われているため、EQテストで判断してみてもよいでしょう。
改善策8.当事者意識を持ち行動するスキルを育てる
労働生産性の向上には業務改善の実施が欠かせませんが、改善すべきポイントを一番知っているのは現場の人間です。その現場の人間が気づき、問題意識を持ち「カイゼン」するというアクションに至ることが重要です。
このスキルをピンポイントで磨くことは難しい面がありますが、例えばアジャイル開発では、開発スタイルとして、当事者意識を持ち改善することが必須となってくるため、アジャイル開発を行うことで「他人事」から「自分事」に意識を変える良い訓練になるでしょう。
関連記事:生産性向上の勘所
改善策を行う際に気をつけたい4つのポイント
労働生産性を向上させるため、前項のような業務改善を検討し改善策を実施していくことになりますが、実施する際に陥りがちなアンチパターンがあります。ここでは、改善策を実施する際に注意すべきポイントを解説していきます。
注意ポイント1.マルチタスク化しすぎない
従業員のリソースに空きがあると、効率を考え複数のプロジェクトを掛け持ちすることもあるかもしれません。しかし、複数のプロジェクトや種類の違う仕事を持ちすぎると、各業務を行う際のスイッチングコストが発生し、かえって労働生産性を落とすことがあり改善策にならないことがあるため注意が必要です。
スイッチングコストについては下記が参考になります。
割り込み後に思考の流れを取り戻すのには、20 分程度かかると言われています。つまり、5分の質問も実際には25 分のコストになり、10 分の簡単なミーティングも実際には30 分の潜在的な作業コストになるのです。典型的な知識労働者は1 日の28% を割り込みとその復帰に費やしています。このことは過度のフラストレーションとストレスの原因になるおそれがあります。
注意ポイント2.マニュアル化しすぎない
労働生産性を上げるために、誰でも業務が行えるよう見積もりやプロジェクト計画の作成など従業員の仕事のマニュアル化を行うことがあります。マニュアル化自体は悪いことではありません。しかし、業務内容に合わないにも関わらずマニュアルに沿わなければいけないなど、厳格すぎるマニュアルは労働生産性を落とすことがあります。
流動的な業務のマニュアル化の運用には、柔軟性を持たせ、融通をきかせる必要があるでしょう。
注意ポイント3.会議時間を削減しすぎない
労働生産性を上げるために、ムリ・ムダ・ムラという視点で改善する対象を洗い出した時、「会議」は最も身近に改善できるもののためターゲットになりやすい傾向があります。しかし、削減しすぎると返ってコミュニケーションロスが発生するなど悪影響が出ることがあります。
チャットツールで補ったり、短い朝会や夕会を実施したり、適切な会議参加者を選択するなどでアンチパターンに陥らないように対策します。
注意ポイント4.弱みの強化にフォーカスしすぎない
労働生産性の改善策として人材育成があるため、スキルを把握する「タレントマネジメント」をスタートさせることもあるでしょう。
日本の文化として、どうしても「弱み」を強くしようとすることが多い傾向にありますが、場合によってはこれもアンチパターンのひとつになります。プログラミングが得意でマネジメントが苦手な人材に、マネジメント能力を強くさせようとしても非効率で、強みをさらに強化する方が労働生産性の観点では有効と言えます。ただし、弱みが強みを阻害している場合は弱みの改善が必要です。
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まとめ
ここまで、労働生産性について解説してきました。労働生産性を管理し、改善策を立てるには工数管理を正しく行っておく必要があります。レベルの高い工数管理を目指し、改善を重ねることで企業全体の労働生産性を更に高めていくことが期待できます。
クラウドログでは、Googleカレンダーと連携できるため従業員一人ひとりがスケジュールを登録することで工数も簡単に記録することができ、効率的な工数管理が行なえます。データの分析も多角的に行えるため、労働生産性の改善策を練る際にも役に立つでしょう。