エンタープライズアーキテクチャ(EA)に改めて注目が集まっています。エンタープライズアーキテクチャは業務改善や生産性の向上、資産の有効活用を目指す管理者にとって重要なキーワードです。2004年頃に一度注目を集め、下火になったエンタープライズアーキテクチャですが、基本情報技術者試験や、ITパスポート試験の出題対象になるほど改めて注目を集めているのはなぜなのでしょうか。
ここでは、エンタープライズアーキテクチャとは何か、その構造と、再度注目された背景にあるDX(デジタルトランスフォーメーション)との関係についてもわかりやすく解説します。
目次
エンタープライズアーキテクチャ(EA)とは
エンタープライズアーキテクチャ(Enterprise Architecture)とは、組織全体の業務とシステムをモデル化し、全体最適化によって顧客のニーズや社会環境に柔軟かつスピーディに対応するための知識体系で、フレームワークでもあります。
「アーキテクチャ」には「構造」や「構成」という意味がありますが、エンタープライズアーキテクチャでは、以下にあげる4つの要素で組織全体の業務やシステムの構造・構成を捉え、全体最適化を行います。
ビジネスアーキテクチャ(BA)
ビジネスに直結する、ヒト、モノ、カネなどの構造や業務プロセス、ビジネスの設計思想など、事業全体として整理したものを指します。
データアーキテクチャ(DA)
事業に必要とされるデータを主軸に捉え、可視化したものを指します。各データの関連性や構造を示したもので、データの統合や標準化の考え方もDAに含まれます。
アプリケーションアーキテクチャ(AA)
業務を推進する上で必要となる個別のシステムの機能や関連性、システム間の互換性など、アプリケーションの構成を全体的に示したものを言います。
テクノロジーアーキテクチャ(TA)
ハードウェアやソフトウェアという技術の変化を考慮し、企業全体のシステム基盤をどのように構成するのか、技術標準についての検討や考え方を可視化したものを指します。
【無料資料】工数管理を軸にした生産性向上・業務改善の5つのステップ
エンタープライズアーキテクチャとソリューションアーキテクチャ(SA)の違い
エンタープライズアーキテクチャとソリューションアーキテクチャは、どちらもITアーキテクチャに関する手法です。しかし、両者は目的の粒度が異なります。
エンタープライズアーキテクチャの目的は、全体最適の実現です。一方で、ソリューションアーキテクチャは、特定の課題を解決するために必要となるITソリューションやアプリケーションの設計に重点を置いています。
エンタープライズアーキテクチャ(EA)のメリットとは
エンタープライズアーキテクチャ(EA)を導入すれば、さまざまなメリットを得られます。本章ではエンタープライズアーキテクチャのメリットを6つ解説します。
メリット1:経営戦略とIT戦略の整合性を確保できる
エンタープライズアーキテクチャは、以下4つの要素から企業の経営戦略とIT戦略を統合するためのフレームワークです。
- ビジネスアーキテクチャ(BA)
- データアーキテクチャ(DA)
- アプリケーションアーキテクチャ(AA)
- テクノロジーアーキテクチャ(TA)
エンタープライズアーキテクチャの導入によって、企業全体が進むべき方向性が明確となり、複数存在するプロジェクトの優先順位を付けやすくなります。また、限られたリソースを有効に活用し、企業の競争力を高めることが可能です。
メリット2:全体最適化による業務効率化を実現できる
エンタープライズアーキテクチャは各部門のシステムや情報を統合するため、それらのサイロ化(システムや情報が分断され全体として連携ができない状態)を防止できます。システムや情報の整理・統合により、部門間のデータ連携や業務調整が円滑となり、効率的な業務を実現可能です。
さらに、各部門で行っていた重複作業を削減し、無駄なリソースの利用を抑えられるため、全体最適化による業務効率向上も推進できます。
メリット3:ガバナンスを強化できる
アプリケーションの依存関係やデータの流れを可視化することで、潜在的なリスクや脆弱性を検出しやすくなります。
エンタープライズアーキテクチャの一環として、業務標準化などを進めれば、コンプライアンスの遵守やリスク管理が可能です。結果として、業務やシステムに潜むさまざまなリスクを抑えつつ、安定した経営を実現できます。
メリット4:スピード感のある経営を実現できる
エンタープライズアーキテクチャは「ビジネス」「データ」「アプリケーション」「テクノロジー」という4つの要素を可視化します。これにより、経営および業務のボトルネックや改善点を検出しやすくなるでしょう。
さらに、経営陣やIT責任者は、競合他社に対する優位性を維持するための経営判断が可能となります。
メリット5:技術的変化に強い組織を構築できる
IT業界では、最先端技術が次から次へと登場します。他社に対する優位性を創出するには、それらの技術を評価し、メリットが多いものを取り込んでいく姿勢が重要です。
エンタープライズアーキテクチャは、ビジネスおよびアプリケーションの基盤を可視化するため、最新技術導入時にビジネスやアプリケーションに与える影響を容易に特定できます。
このように、技術的な変化に対する影響を最小限に抑えつつ、競争力を向上できる点もエンタープライズアーキテクチャのメリットです。
メリット6:コストを削減し利益を伸ばせる
企業全体のコスト削減および収益性向上を実現できる点も、エンタープライズアーキテクチャのメリットといえます。
ITリソースを再利用し、各部門で重複したアプリケーションの開発を防止できるため、無駄なIT投資の削減が可能です。さらに、アプリケーションが統合されることで、運用や保守などの業務効率化にもつながります。
なぜエンタープライズアーキテクチャ(EA)が改めて注目されているのか
なぜエンタープライズアーキテクチャ(EA)が改めて注目されているのでしょうか。その大きな理由としてDXの高まりがあります。ここでは、DXの高まりがなぜエンタープライズアーキテクチャ(EA)に関係するのかを順に解説していきます。
DXの高まり
経済産業省の「DX白書2021」では、下記調査結果が出ています。
日本企業はDXに「全社戦略に基づき、全社的にDXに取組んでいる」割合が37.5%、「全社戦略に基づき、一部の部門においてDXに取組んでいる」割合が21.9%であり、約60%は全社戦略に基づいてDXに取組んでいる。
実際に2021年の調査結果と比較しても、DXに取り組んでいる企業の割合は約15%向上していることがわかります。
DXの実情
経済産業省の「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」では、下記調査結果が出ています。
多くの経営者がDXの必要性を認識し、DXを進めるべく、デジタル部門を設置する等の取組みが見られます。しかしながら、PoC(概念実証)を繰り返す等、ある程度の投資は行われるものの実際のビジネス変革には繋がっていないという状況が多くの企業に見られる
とあり、日本企業の多くは、DXに着手しても期待する効果を得られていない実情があります。
また、先ほど紹介した「DX白書2024」によれば「DXの取り組みに対して成果が出ている」と回答した日本企業は64.3%にとどまっています。一方で、米国では89%もの企業が、DXの成果を実感しているという結果となりました。
DXが進まない、うまくいかない理由
経済産業省の「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」では、DXがうまくいかない理由のひとつとして下記のような調査結果が出ています。
IT システムが、いわゆる「レガシーシステム」となり、DX の足かせになっている状態が多数みられるとの結果が出ている(レガシーシステムとは、技術面の老朽化、システムの肥大化・複雑化、ブラックボックス化等の問題があり、その結果として経営・事業戦略上の足かせ、高コスト構造の原因となっているシステム、と定義している)。
そのため、DXを進めるにはレガシーシステムの見直しが不可欠であるとしています。
エンタープライズアーキテクチャ(EA)はレガシーシステムを見直すことができる
ここまでの解説の通り、DXには正解がなく、失敗も多い実情があります。エンタープライズアーキテクチャ(EA)には、前項で解説した4つの要素に加え、AsIsとToBeを考え、現状から理想目標に至る時系列的な関係の明確化と改善サイクルを確立するというフレームワークがあります。そのフレームワークがDXを行ううえで親和性が高く、エンタープライズアーキテクチャ(EA)を推進することで、DXを行う基盤が整うという点があります。
そのため、2004年にエンタープライズアーキテクチャ(EA)が流行した時とは違う観点で改めて注目されています。
【無料資料】プロジェクト生産性を高めて利益を最大化するには?
DX推進のためのエンタープライズアーキテクチャ(EA)策定のポイント
ここでは、DXを推進するためのひとつの手段として、エンタープライズアーキテクチャ(EA)を取り入れる際のポイントを解説します。
エンタープライズアーキテクチャの4つの構造をDX観点で考える
DXの推進を前提としたエンタープライズアーキテクチャ(EA)を行うには、1章で解説した4つの構造をよりデジタルな観点で捉えることがひとつのポイントです。
ビジネスアーキテクチャ(BA)
ビジネスに直結する、ヒト、モノ、カネなどの構造や業務プロセス、ビジネスの設計思想をZ世代やミレニアル世代と呼ばれるようなデジタルネイティブである消費者の行動を考慮したうえでの事業の見直しを行います。
データアーキテクチャ(DA)
SNSやIoTのようなビッグデータへの対応や分析、活用や、BIツールなどの利用による企業内データの統合、分析、再配置などのように、DXを考慮したDAでは戦略的なデータ活用が求められます。
アプリケーションアーキテクチャ(AA)
AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を取り入れるなど、生産性や効率化ができるデジタルソリューションを取り入れたアプリケーション構造を検討します。
テクノロジーアーキテクチャ(TA)
ビジネスのスピードに即座に対応できる柔軟な技術を取り入れたり、ビッグデータを扱えるような環境やハードウェア資源を効率的に活用するアーキテクチャを取り入れたりするなどを行います。
DXを進める上でのAsIs、ToBeを定義する
AsIs、ToBeというフレームワークはエンタープライズアーキテクチャ(EA)に元々あるものですが、DXの目的を絡めて定義します。
AsIs:現在地を知る
現状を正しく知ることが重要です。現在のシステムやビジネスの状況を客観的に捉えることで、エンタープライズアーキテクチャ(EA)の4つの構造も現状が正しく認識でき、ToBeをぶれずに定義することができます。ここで重要なことは、関係者が共通認識を持つことや可視化することです。
ToBe:どこに向かうのか
エンタープライズアーキテクチャ(EA)でのToBeも全体最適を求め定義するものですが、DXを考慮したToBeでは、共感やテクノロジー、ビジネスの面白さ、未来を感じるエモーショナルな要素を入れた方向性や目的が必要です。
Transformation:変革
エンタープライズアーキテクチャ(EA)にはTransformationの概念はありませんが、DXの本質は変革であるため、小さく、かつスピード感を持ってエンタープライズアーキテクチャ(EA)のフレームワークを軸にしながら改善を繰り返すアジャイルで推進し、変革を続けます。
エンタープライズアーキテクチャの事例
エンタープライズアーキテクチャは、さまざまな組織や企業で導入されています。本章では、エンタープライズアーキテクチャの事例を2つ紹介します。
米国連邦政府
米国連邦政府は、IT資産や情報システムを効率的に管理・統制するために、Federal Enterprise Architecture Framework(通称FEAF)というエンタープライズアーキテクチャフレームワークを開発しました。
FEAFでは、アーキテクチャを変更する要因を「ドライバー」としており「Business Driver」と「Design Driver」の2つを定義している点が特徴です。
トヨタ自動車株式会社
トヨタ自動車は、不確実性が高い時代が到来してもビジネスニーズの変化に追従し続けられる体制を構築するために、エンタープライズアーキテクチャを取り入れています。
トヨタという絶対的なブランドに求められる「安全・安心・品質」の実現はもちろん、最新のITを導入してこれまでにないものを創出するには、エンタープライズアーキテクチャによる全体最適が重要な鍵を握っています。
エンタープライズアーキテクチャの将来展望
本章では、エンタープライズアーキテクチャの将来展望について3つのポイントを紹介します。
ポイント1:クラウド
クラウドはすでに多くの企業・アプリケーションで採用されていますが、今後ますますシェアが拡大すると予想されます。
クラウドはアプリケーションのインフラに柔軟性をもたらし、必要に応じて素早くリソースの調整を可能とする点が特徴です。また、クラウドサービスが提供するサーバレスコンピューティングやマイクロサービスアーキテクチャなどに取り組めば、自社のビジネスやアプリケーションの柔軟性と拡張性をさらに高められるでしょう。
クラウドの導入は、エンタープライズアーキテクチャを推進するために重要な要素となります。
※関連記事:今さら聞けないオンプレミスとクラウドの違いとは?4つのポイントを徹底比較!
ポイント2:AI・機械学習
AIや機械学習は、業務プロセスの自動化支援に有効で、業務の正確性およびスピード向上に寄与します。その結果、生産性向上やコスト削減を実現でき、競合他社に対する優位性の確立が可能です。さらに、AIを活用すれば、顧客行動や市場トレンドの予測をはじめ、サイバー攻撃に関する異常検知やインシデント予測を実現できます。
このように、AIや機械学習の活用により、エンタープライズアーキテクチャを進化させることが可能です。
ポイント3:IoT
IoTの普及に伴い、エンタープライズアーキテクチャはエッジコンピューティング※などの分散型アーキテクチャを採用する方向に進むと予測されます。IoTを活用すれば、遅延が少なく効率的なアプリケーションを構築可能です。
ただし、IoTデバイスの増加は新たなセキュリティリスクを生み出すため、デバイスやネットワーク全体のセキュリティ強化にも取り組む必要があるでしょう。
※エッジコンピューティング…デバイス側で主な処理を行うことで処理遅延を低減し、リアルタイムな応答を可能とする技術
まとめ
ここまで、エンタープライズアーキテクチャ(EA)について解説してきました。なぜ再注目されているのか、DXとの関係性も理解頂けたのではないでしょうか。多くの企業がDXを推進するなかで、エンタープライズアーキテクチャ(EA)はフレームワークに沿って現状を把握し、ToBeを描きやすいメリットがあります。これらは今後の事業を考えるうえで、ひとつのヒントになり得るでしょう。