スクラムマスターは、スクラム開発でプロジェクトチームを構成するメンバーの役割のひとつです。スクラムマスターがプロジェクトマネージャーとどう違うのか、理解していない方もいるのではないでしょうか。違いを理解するには、まずアジャイル開発やスクラム開発について知る必要があります。
本稿では、スクラムガイドを基にスクラムマスターの役割や仕事内容について解説します。また、スクラム開発をプロジェクトに取り入れたい方に向け、自社プロジェクトでスクラム開発を行う際、どのようにスクラムマスターを育成すべきかについても解説します。
スクラム開発とは
スクラム開発とは、アジャイル開発手法のうちのひとつです。ラグビーの「スクラム」が語源で、チームワークに重きをおいた開発手法とも言えます。
スクラム開発はスクラムガイドで下記のように定義されています。
『スクラムとは、複雑な問題に対応する適応型のソリューションを通じて、⼈々、チーム、組織が価値を⽣み出すための軽量級フレームワークである。』
この定義を実現するための手段として、スクラム開発ではスプリントという短い期間のなかで要件定義・設計・開発・テスト・リリースを行い、スプリントを繰り返しながら開発を進めます。
スクラムではチームの役割や権限も定義されており、スプリント内で行うべきことも決められています。
アジャイル開発とは
アジャイル開発とはスクラム開発と同様に短い単位で開発工程を繰り返す手法です。アジャイル開発はフレームワークであり、アジャイル開発を進めるためのより実践的な手法としてスクラム開発があると考えてよいでしょう。
アジャイル開発と言われる開発手法でスクラム開発の他には、リーン開発やトヨタカンバン方式、エクストリーム・プログラミング(XP)などがあります。
どの開発手法も『顧客に正しい価値を届ける』ことを目的とし、その実現のために、各々のプラクティスを用いてプロジェクトを推進します。
スクラム開発のチーム構成
スクラム開発のチーム構成は決まっており、以下3つの役割で構成されます。
プロダクトオーナー
スクラムガイドでは『プロダクトオーナーは、スクラムチームから⽣み出されるプロダクトの価値を最⼤化することの結果に責任を持つ。』と定義されています。
プロダクトオーナーは、チームに1人で複数人存在することはありません。
プロダクトオーナーはプロダクトに対する最終決定権を持ち、プロダクトのゴールをチームに明示したり、何が重要なのか優先順位を決めたりなどプロダクトに責任を持ちます。ただしマネジメントは行いません。
スクラムマスター
スクラムガイドでは『スクラムマスターは、スクラムガイドで定義されたスクラムを確⽴させることの結果に責任を持つ。』と定義されています。
スクラムマスターもチームに1人だけ存在します。
スクラムマスターはスクラム開発を運営することに責任を持つ役割で、最終決定権は持ちません。
プロジェクトマネージャーとの違い
通常、プロジェクトマネージャーは、最終決定権を持っていたり、プロジェクトをスケジュール通りに進めたりなどプロジェクト全般に責任を持ちますが、この点がスクラムマスターとは異なります。
スクラムマスターは、あくまでスクラムを確立させることが役割です。
開発者(メンバー)
スクラムガイドでは『開発者はスクラムチームの⼀員である。各スプリントにおいて、利⽤可能なインクリメントの あらゆる側⾯を作成することを確約する。』と定義されています。
スクラム開発を行うために必要となる開発やその他必要な作業を行い、スプリント計画の作成や開発に責任を持ちます。
スクラムマスターの役割と仕事とは
ここではスクラムマスターの役割や仕事内容の一例を解説します。
コーチング
チームがスクラム開発に則って進められるようサポートし、チームメンバーのコーチを行います。
問題の解消
プロジェクト進行の障壁となっている課題や問題を解消します。
デイリースクラムの実施
毎日の短時間のミーティングを主催します。
スプリントレビューの実施
スプリントごとに行う成果確認のミーティングを主催します。
スプリントレトロスペクティブの実施
スプリントごとにふりかえりの場を設け、チームの成長と課題解決を促します。
スクラム開発を取り入れるべきかの判断ポイント
現在のチームやプロジェクトの進行に課題や問題を感じていない場合、スクラムをあえて導入する必要性は低いかもしれません。では、どのような場合にスクラム開発を取り入れるべきでしょうか。ここではスクラム開発を取り入れるべきかどうかの判断ポイントを解説します。
プロジェクトが失敗する、またはうまくいかないことが多い
簡単なプロジェクトというものはないに等しいと言えますが、プロジェクトが常に失敗する、何らかの問題が発生し予定通りに進まずスケジュールが遅延するなどの場合はやり方を変えるタイミングかもしれません。
現状のスタイルのままで失敗する可能性が高い場合、スクラム開発に変えてもし失敗したとしても前向きな失敗と言えます。
また、スクラム開発に失敗しないために事前に取れる対策があります。
DXの推進として発生したプロジェクト
DX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進する際、アジャイル開発は親和性が高いと言われています。多くの場合DXのプロジェクトは不確実性が高く、プロジェクト途中の方向転換や、スピードが求められることも多く、最初に全て決めた上で進めるウォータフォール開発では対応しきれない場合があります。
そのため、DXを目的としたプロジェクトではスクラム開発で進めるほうがプロジェクトの成果物の質やゴールを達成する確度もあがると考えられます。
ただし、スクラム開発は10人以下の小さなチームが最もうまく機能するとされているため、規模が大きなプロジェクトの場合は採用を慎重に検討する必要があります。
変化に柔軟に対応する必要があるプロジェクト
スクラム開発では、何を開発するのか、開発項目を詳細化し、スプリントバックログとして優先順位を付けリスト化します。
各スプリントではスプリントバックログの中から優先順位の高いものを取り出し開発を進めますが、状況に応じて優先順位や開発内容を変化させる前提で行います。
そのため、マーケットリサーチやユーザインタビューなどによって開発優先順位や開発内容を変えたいプロジェクトなどに向いています。
チームを成長させたい
どのアジャイル開発にも言える考え方のひとつとして「言われたことをただやるのではなく、自ら考え行動する」ということがあげられます。
スクラム開発では、スクラムの価値基準として以下の5つを定義しています。
『確約(Commitment)、集中(Focus)、公開(Openness)、尊敬(Respect)、勇気(Courage)』
- 確約
スクラムチームは、ゴールを達成し、お互いにサポートすることを確約する。 - 集中
スクラムチーム は、ゴールに向けて可能な限り進捗できるように、スプリントの作業に集中する。 - 公開
スクラムチームとステークホルダーは、作業や課題を公開する。 - 尊敬
スクラムチームのメンバーは、お互いに 能⼒のある独⽴した個⼈として尊敬し、⼀緒に働く⼈たちからも同じように尊敬される。 - 勇気
スクラムチームのメンバーは、正しいことをする勇気や困難な問題に取り組む勇気を持つ。
(引用:スクラムガイド)
スクラムマスターはこれらの価値が実現されるよう推進するため、スクラム開発を進めるなかで自然とチームに対して貢献する仕事のスタイルが身につき、チームワークが育まれます。
はじめてのスクラム開発でスクラムマスターをどのように育成すべきか
スクラムやアジャイルの経験がない状態でスクラムを導入することはリスクが高く、プロジェクトの成功率を下げてしまうことが考えられます。安全に導入を進め、スクラムマスターを育てるにはそのための対策を適切に取る必要があります。
ここでは、スクラムマスターの育成方法として、スクラム開発の導入を成功に導く可能性の高い順に紹介します。
外部のアジャイルコーチに依頼
アジャイルコーチとは、アジャイル開発を進めたいチームに対しコーチを行う専門家でスクラム開発も同様にコーチを行ってもらえることが殆どです。
アジャイルコーチは多くの知識と経験を持っており、チームがスクラム開発を学びながらプロジェクトが成功するよう導くため、費用はかかりますが確実な方法と言えます。
スクラム研修を受講
スクラム開発にはScrum Alliance®が提供する認定資格CSM(Certified Scrum Master)があります。このCSM(認定スクラムマスター)を取得するには、2日程度の研修に参加することで受講資格を得ることができます。
この研修ではスクラム開発を体系的に学ぶことができます。講師は認定スクラムトレーナーが行うため講義内容やワークの質が高く身になる研修内容になっています。認定資格を必要としない場合でもスクラム開発を学ぶには非常に良い方法のひとつです。
社内外の勉強会でスクラムを学ぶ
勉強会でスクラムを学ぶこともひとつの育成方法です。アジャイル開発やスクラム開発には多くのコミュニティで勉強会が開催されているため、それらを活用し、実践的な知識を身につけたり、社内で勉強会を開催したりなどでチームの育成を進めることも良いでしょう。
アジャイルコーチやスクラム研修には高額な費用が必要ですが、勉強会の場合は、さほど費用をかけずに進めることができるでしょう。
2名体制のスクラムマスターで挑む(※自走できない初心者に限る)
スクラム開発のルールでは、スクラムマスターはチームに1人であることが大前提です。しかし経験のないチームの場合、責任が重く、また進行も手探りになることが多いです。
例外的な対応ですが、2名のスクラムマスターでスクラム開発を行えば、相談しながら進行ができ、不安を解消しながら進められることや、対話により1人では思いつかない最適解が発見できるなどがあり、育成に有効な方法だと言えます。
ただし、この方法は初心者に限ることに注意が必要です。
まとめ
ここまで、スクラムマスターとは何か、アジャイル開発との関係性、導入判断のポイントや育成方法を解説してきました。スクラム開発はチームの一人ひとりの仕事のスタイルを前向きに変えながらプロダクトの質も高められる手法と言えます。
DXの高まりとともに今後さらに導入を行う企業も増えることが予想されるため、スクラム開発が行えるということは企業が持つスキルのひとつとして経営戦略としても大いに価値があるでしょう。